米バージニア工科大学で起きた銃乱射事件。死者32人というアメリカ史上最悪の結果となったこの事件も含め、ここ約10年の間にアメリカでは毎年のように死亡者の出る銃乱射事件が起きているそうだ。こういった事件の起こる背景として槍玉に挙がるのがアメリカが抱える「銃社会」。今度も銃規制の声がまた強まるものと思われるが、私にはそれだけが原因ではないように思うのだ。

 1992年にルイジアナ州で起きた日本人留学生射殺事件をご記憶の方も多いだろう。思えばこれが日本人にアメリカの銃社会を印象付けるきっかけであったと思うのだが、当時新聞に掲載された投書にこういうものがあった。

「日本だって百年ちょっと前までは刀さげて歩いてたじゃないか」

 要は人を殺傷するものが巷にあふれていたという状態は、昔の日本も今のアメリカも一緒だということらしい。しかしだからと言って、江戸時代に無差別に人を切りまくる事件が多発したという話は聞かない。武士や浪人がちょっと無礼があっただけで町人を切り捨てるという事はあっただろうが、誰彼かまわずというわけではない。武器がありふれていても、それがそのまま凶悪事件に直結するわけではないように思う。
 その点から考えると、同じように銃が出回っているアメリカで事件が頻発するのは、使う側の人間の問題ではないか。私は銃で自分や家族を守ることはアメリカの「常識」だと考えている。もちろそれは我々日本人から見れば違和感を感じざるを得ない。でもそれが彼らの生きる社会なのだ。言ってしまえば開拓時代から続くある種の「文化」なのかもしれない。変えていくのはそうそう容易なことではないだろう。

 要はただ銃を規制するだけでなく、それを扱うための法整備なり教育なりは議論されているのだろうか、ということ。アメリカはかつて「禁酒法」を施行したがために密造酒による利益でマフィアをはびこらせた過去があるだけに、下手に過剰な規制をすると却って悪い結果をもたらす気もする。

 なおこの事件に関して、犯人が韓国人であったからといって韓国人全てを蔑む意思は毛頭ない(当事者である学生達の反応はいたしかたないが)。
 だから「何処の国か聞かれたら中国人か日本人と答える」とか言うな。



……なんかずいぶん堅苦しくなっちゃいましたね。最後にちょっとお茶を濁しておきますか。おっぱ(以下自主規制)